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全国のスーパー家庭教師の奮闘記をご紹介します

札幌事務局
石山 丘 先生
北海道教育大学卒
【指導科目】
中学5教科、
高校国語、日本史、世界史
第一印象、覇気が無い。成績、寝ぼけ中。中2の野中君(仮名)はとっても無口な生徒でした。反応の無い生徒は、一般的に教える者にとって苦手です。何とかして、彼に喋らせよう。彼の「三年寝太郎」生活をどうにかしたいと思いました。
学校では古文を学び出しました。よし、先ずは暗誦で喋らせよう。手本の示し方は、学校でのノルマをほんの少し越えるように・・・要するに「どうだ、格好良いだろう」的な部分をあえて見せることにしました。例えば「徒然草」ならば第一段の「いでや、この世に生まれ出でて・・・」まで教えるわけです。さあ、食い付いてくるか?
・・・野中君は黙読で練習。思わず苦笑。別に喋ることを拒否しているわけではないだろうに・・・。「声に出さないと駄目!」注意して少し声が出ます。そんなやりとりを毎回のように続けると、徐々に慣れてそれなりに聞き取れる声で練習するようになりました。
本文を読むだけではなく、数学の計算も一行ずつ声に出させるなど、なるべく彼の喋る時間を長くするようにしました。
すると、最初の頃は挨拶も無かった(聞こえなかった)野中君の受け応えは、徐々にしっかりとしたものに変わっていきました。まるで今まで寝ていたのは、ここでスパートをかけるために力を蓄えていたからだと言わんばかりの急成長。中学生が一気にドンと伸ばすのは身長だけじゃあないなと、改めて実感しました。
暗誦好きになった野中君。学校の授業から離れて、日本国憲法の前文を暗誦させてみました。中3の夏休みに見事クリア。船は暗礁で止まりますが、人間は逆に暗誦で一歩進めるのですね。
中学校での三者面談。内申点がほんの少し足りず、安全なA高校を提示され落ち込む野中君。偶然そのA高校出身だった私は、高校時代いかに充実して勉強できたか、基本を解りやすくしっかり教えてくれるA高校ならではの良さについて熱く語りました。「入試ではトップ合格!高校3年間ぶっちぎりの成績でトップを走り続けよう!」この提案に彼はしっかりと応え、その後の高校3年間カテキヨーも続け、首位独走を果たしたのでした。
さて、野中君のこの劇的な変貌ぶりに喜んだのは彼のお父さんも同じで、高校合格祝賀の宴にお招き頂き、その日私の3年程の禁酒は見事破られる事となったのですが、そういえば泡盛も何年か寝かせた方が美味いよなと、「寝太郎」生活を卒業した野中君を見ながら思ったことでした。

仙台事務局
村上 健 先生
熊本大学卒
【指導科目】
中学5教科、
高校数学、物理
「継続は力になり、そして努力は報われる」そのことを改めて教えてくれました。水谷君(仮名)と出会ったのは、彼が中学2年生の冬でした。地元のトップ校への進学を希望していましたが、その時点の成績では到底目標に届くものではありませんでした。非常に厳しい現実と、担当家庭教師として何ができるかを伝え、同時に生徒自身が本気で1年間勉強することを約束できるか問いました。答えが出るのに時間は掛かりませんでした。「勉強から絶対に逃げない、先生信じて。」生徒の意志は固まり、時計は動き出しました。
生徒本人の希望を叶えることが家庭教師の責務。私自身も腹を括り、合格させるには残り時間でどの様な勉強をしなければならないかを具体的に練り始めました。現状の成績と志望校合格ラインの差、基礎分野の総復習から応用問題への対応、更には3年生分野の学習計画などから通常の学習時間を逆算したところ、現時点で1日最低210分=3時間半の学習が必要だということが分かりました。生徒本人に伝えると、さすがにショックが隠せないのか黙り込んでいましたが「俺、絶対にやるから。」と一言だけ発し、私の作った計画書を何度も何度も読み返していました。
志望校合格へ二人三脚での挑戦が始まりました。サッカー部で忙しく、帰宅時間が遅くなっても、文句一つ言わない強い精神力には私も驚きました。前向きに努力する姿を見ることで、指導開始から3ヶ月経った頃でしょうか。私の中の気持ちが「志望校合格への挑戦」から「志望校合格への確信」に切り替わったことを鮮明に覚えています。6月、残念ながら彼の所属するサッカー部は市内大会で敗退。しかしながら、悲しみに暮れる暇もなく受験への新たなスタートを切らなければなりません。帰宅時間が早くなったため、現在の学習時間よりも2時間増やしたカリキュラムを新たに作成し、それを彼に課しました。夏休み以降は、一心不乱に勉強に打ち込み11月の模試では、ついに志望校B判定、翌12月にはA判定まで成績を伸ばしました。今後は、いかにミスを減らすかが勝負です。私は1点2点にこだわるように伝え、水谷君自身も1点上げるためにこだわった勉強(検算方法、見直し方法確認)を徹底的に行いました。
厳しい受験勉強を越え、水谷君は見事、第一志望校合格を勝ち取ってくれました。約1年と2ヶ月、彼は苦しそうな表情を見せることはありましたが、勉強に対する消極的な姿や逃げだす姿は一切見せませんでした。「努力は報われる」それを行動で示してくれた水谷君の経験は、今後の人生にとっても大きな糧になるに違いありません。

津山事務局
内田 洋一朗 先生
広島大学卒
広島大学大学院修了
【指導科目】
中学5教科、
高校英語・数学・理科
家庭教師を続けていると、何らかの理由で学校に行けなくなった生徒を指導するケースがあります。原因は生徒によって様々ですが、彼らに共通していることは「自分は出来ない人間なんだ」「今さら勉強しても無駄だ」という気持ちが非常に強い、ということです。
ある理由で中学校に通えなくなった木下くん(仮名)。中学3年生になり、「せめて高校には行ってほしい」というご両親の願いで、夏休みから指導を開始しました。木下くんは、自分の部屋に閉じこもり、ゲームとマンガだけが唯一の楽しみでした。当初は作業的に鉛筆を動かすだけでしたが、ゲームやマンガの話をきっかけに、次第に彼とのコミュニケーションをはかることが出来るようになりました。その内、私自身のことについて色々と質問してくるようになり、彼の気持ちが外の世界に向き始めていくのを感じました。
それに従い、「高校」を意識し始めたのが11月の半ばのこと。
自分の興味があること、高校ではこんなことに挑戦してみたい…でも、自分は高校には入れないかもしれない。なぜ?と聞く私に彼は答えました。
「だって僕、頭が悪いから」。
確かに木下君は、数学や英語は苦手でした。ですが、国語は他の生徒よりもむしろ得意なはず。そんなことは無い、と彼に言い聞かせながら、好きな国語を中心に、指導を進めました。国語の点数が上がるにつれ、自分もやればできる、という自信がついてきたのでしょう。数学や英語も、徐々にではありますが、点数が上がってきました。
そして迎えた、入試の日。結果はもちろん、合格でした。
「高校合格」がさらなる自信につながったのでしょう。中学校の時とは嘘のように、今では毎日、楽しく学校に通えているようです。
不登校の生徒は、様々なきっかけで自分に劣等感を持ち、自信を失っていることがほとんどです。他人への警戒心も強くなっています。まずは信頼関係を作り上げた上で、何らかの形で自信を取り戻してあげることが大切なのだと、改めて実感しました。

新津事務局
岩渕 大輔 先生
東北福祉大卒
【指導科目】
中学5教科、
高校英語・数学
2月のある夜、彼の家へ向かう車の中でそう思った。約5年前初めて会った時の中山君(仮名)は、おしゃべりではないけど真面目で素直、礼儀正しい、そんな印象だった。当時の成績は決して良くはなかったけれど、何より努力家だった。しかし、気の弱い所があり、自分に対して自信のなさがあった。最初の関門の高校入試は、持ち前の努力で第一志望の高校に合格した。「心配なので今後も来ていただけませんか。」お母さんの要望もあって、引き続き指導することになった。
中山君は、特に英語に苦手意識を持っていたが、逆にそれをバネにして意欲的に取り組んでいたため、結果的に英語は申し分ない成績だった。特別な何かを教えたわけではないけど、彼のスイッチを切り替えるきっかけくらいは作れたと思い、嬉しかった。
中山君は、高2の夏休みにアメリカに短期留学した。正確には、私がそう仕向けた。最初「僕の英語力じゃ通用しませんよ。」と、弱気な姿勢だった。「昔僕も同じような機会があって、行かなかったことを後悔しているよ。無理してでも行けば良かったなって…」どんなことでも経験して感じてほしい、“その経験は彼の財産になるはず”そう思い何とか説得して行かせた。帰国後の彼は、今までよりも自信を持って行動しているように見えた。
高3の春、いくつかの大学の公募推薦を受けられそうな状況にあった中山君は、建築の道か、福祉の道へ進路を決めかけていた。しかし、二つから一つへの絞り込みがなかなか出来ない日々。「どちらを選んでも中山君の意見を尊重するよ…」それだけ言って、私は彼の答えを待った。ようやく初夏のある日、「僕、理学療法士を目指すことにします。」と、彼は宣言した。それからはあっという間であり、これまでで一番濃密な時間が過ぎていった。しかし、現実的に小論文の実力は厳しいものがあり、受験までに間に合うかなあと私自身かなり焦りもあった。でも、中山君の精神力は強かった。「先生とここまで来られたので、きっと合格してみせますよ。」むしろ私の方が勇気付けられて、彼の成長を強く感じた瞬間だった。発表日の午後、「無事に受かりました。先生のおかげです!」相変わらず律儀で礼儀正しい中山君の電話での声は、安堵に包まれていた。
それから数カ月、ある日の授業中「先生、バイト何がいいですかねぇ。あっ、でも、もちろんあくまで学業優先ですよ。」笑顔で話す彼の横顔は、出会った頃より頼もしく見えた。家庭教師、“それは学習を指導するだけでなく、生徒さんの人間性も成長させる大切な役割がある”、そう思わずにはいられない。

福岡事務局
森岡 愛一郎 先生
西南学院大卒
【指導科目】
小中全教科、高校文系
私には夢があります。自分の人生をかけてでも追いかけたい夢があります。それは、「家庭教師という職業が、人気職業ランキングのトップ10に入ること」です。それはつまり、「一家に一人・家庭教師」という状態を意味します。また、「子どもが憧れてやまない職業=家庭教師」をも意味します。 これには理由が二つあります。家庭教師は学習面だけでなく、精神面のフォロー、家庭学習の管理等を、ご家庭に一番近いところからフォローが出来ます。この、「ご家庭に一番近いところからのフォロー」が、学校教育・地域教育・家庭教育の大きな支えになるからこそ、「一家に一人・家庭教師」を実現したいのです。もう一つの理由は、子どもが憧れる=家庭教師になりたい人が増える&家庭教師の需要も増える=教育分野での雇用が拡大する、という形で、日本の労働問題にも良い影響を与えることができるからです。 私にはまた、家庭教師としての信念があります。それは、「やる気に火をつける」というものです。年齢は問いません。それが子どもであろうと、大人であろうと、「やる気に火をつける」、言い換えれば、「背中を後押しする」ことは、相手の人生にポジティブな刺激を与えます。場合によっては、人生の転機にもなり得ます。教育業界の仕事には、そのような魅力があふれています。 以上のようなことを考えて、毎日指導をしています。夢の実現のために今の私がすべきことは、日々の指導の中で、一人でも多くの生徒のやる気に火をつけ、その火を燃やし続けていくことです。その例をご紹介します。 ある女の子のお話です。その生徒さんの指導が始まったのは、10月下旬のことです。その年の夏に高校を中退し、それ以降は特に何をするということもなかったそうです。最初は言葉数が少なかったので、私から話すことが多かったですが、しだいに笑顔も増え、私のすべらない話(?)にも苦笑いを見せてくれるようになり、気がつけば生徒さんが自分から話すことが当たり前になりました。指導内容は、最初は英検・漢検を目標にしましたが、偶然のきっかけで、高校受験を考えるようになり、11月下旬には、受験して再度高校に行くことを決意しました。それからは苦手な数学を中心に学習し、私が笑顔で提示する大量の宿題も乗り越えていきました。そしてついに1月下旬の受験を迎え、見事に合格を手にしました。今では次なる目標の大学受験を考え、その一歩をふみ出しています。もちろん私も、支えていくつもりです。 また一つ、やる気の火が大きく燃え上がりました。

いわき事務局
志賀 光昭 先生
獨協大学卒
【指導科目】
高校英語・数学
最近生徒に「先生、占い師みたいですね。」と言われた。それは生徒の性格、思考パターン、理解していないと気付いていない点をピタリと言い当てたからだ。「○○さん、~なところありますね。」と生徒たちに言うとほぼ当っている。こんな例もある。看護系大学を目指している生徒がいた。第一志望は聖路加看護大学、第二志望が日本赤十字看護大学。両方の過去問を授業で扱ううちに、私はその生徒に「あなたの才能は日赤向きですね。」と言った。どちらの大学にも合格したが、日赤からは「奨学金を出すので、ぜひ入学して下さい。」と生徒に電話があった。
こういうことがよく起こるのは、私に霊感があるからではない。生徒や入試問題を、論理的に客観的にかつ冷静に、徹底分析した結果である。この分析は欠かせない。一対一の個別授業において、一人一人の生徒のニーズに最大限応えることができること、それが最大限の利点だからだ。ただし受験生が多いとこの分析量は膨大になる。わずか4人しかいなくともそうである。まず4人の生徒自身を分析しなくてはならない。さらに4人がそれぞれ5校の大学を受験するとなれば、同じ大学を受験することはめったにないので、20校分の入試問題を分析しなければならない。大学別の指導が必要となる。○○大学の問題はどういう手順で解くともっとも効率良く点数が取れるか、△△大学に合格するためには家庭学習で何をしておくべきか、さらに□□大学は正解がどこに隠されているかなど細かく指導する。毎年大変な労力である。しかしながら「合格しました。」と生徒のはずんだ声を聞くと、この努力も報われる。また「合格しました。」の一言が教師冥利に尽きる一瞬である。この一瞬を得るために私は家庭教師なのだ。
ところで、ひょっとしたら私にはやはり霊感があるのかもしれない。授業中に受験の神様が降臨するのを感じるときがあるからだ。ちなみに先ほどの看護系大学を目指していた生徒は慶應義塾大学看護医療学部に見事合格した。しかし授業で過去問対策はしなかったし、生徒も何もせずチャレンジ校として私に内緒で受験したのだった。私はこれを受験の神様の成せる業だと思っている。スパー家庭教師であると同時に、私はスピリチュアルカウンセラーなのかもしれない。受験の神様に関しては次の機会に話したいと思うので、次回に乞うご期待!!

神戸事務局
高山 敦好 先生
神戸大学大学院修了
【指導科目】
中学5教科、
高校数学・化学・物理
田中くん(仮名)は、弟と妹が家庭教師ネットワークの先生と勉強をするようになり、すごくがんばっている様子を見て、「家庭教師って良いな。」と思っていたようです。そして、大学受験を本当に意識し始めた高2の冬、彼も家庭教師を始めました。
数学はもともと好きで得意科目でしたが、コツコツ復習・練習する習慣がなかったので、成績は全体的にムラがありました。志望校合格をつかむため、家庭教師の手助けを借りたいと決めたようです。
家庭教師を始めて、苦手だった英語もだんだんわかるようになり、結果が出始め、本人も少しずつ手ごたえを感じていました。先生から教わった通りにやれば覚えられる、やればできるのだと実感したようです。それと同時に彼は、「今まで自分は、きちんとした『勉強のやり方』というものをわかっていなかった。」と、認識しました。
第1志望の広島大学理学部数学科を、AO入試から受験することになり、私と一緒に対策を始めました。口頭試問を含め、あらゆる出題を想定し、余弦定理・正弦定理の証明問題や三角関数・二等分線の応用問題等々、時間の許す限りこなしました。特に微分を用いた証明問題は解き慣れていなかったので、練習を重ねました。春休みに一緒に対策し、ゲットした数学検定も、志望校合格につながりました。
休憩時間などには、勉強以外のいろいろな話もし、私としても楽しくやらせてもらいました。お昼ごはんを一緒に食べたこともありました。「あのときおごってもらった丼は、おいしかったです。」と、彼は今でも言ってくれます。
彼は、数学に対する姿勢はもともと強く、良いものを持っています。大学入学後も、数学に対し様々な角度でアプローチし、努力してくれることを期待しています。
「弟が以前、『家庭教師って、こんなに良いものだとは思わなかった。』と言っていましたが、今ぼくも同じように感じています。高山先生、ありがとうございました。」と、彼は言ってくれました。こちらこそありがとう。本当によくがんばってくれました。

韮崎事務局
内田 幸多 先生
日本大学卒
【指導科目】
中学5教科、
高校文系科目
鈴木君(仮名)との出会いは、高校2年生になったばかりの桜のきれいな季節でした。鈴木君は何事にも一生懸命がんばる性格で、部活にも勉強にも全力で取り組んでいました。私の指導理念は、『健全な学力は健全な精神に宿る』であり、鈴木君のようにすべてに前向きに取り組める姿勢は、自分自身を大きく成長させることができると考えており、そのことの重要性について何度も話し、そして実行できていることをうれしく感じていました。学校内での成績もよかったのですが、さらに上を目指して欲しいとの思いから、将来について一緒に考えることにしました。すると、鈴木君は医者になりたいという夢を持つようになりました。
そこで私達は、どのような医者になりたいかということをイメージすることから始めました。そして鈴木君は、困っている人に寄り添い、苦しみを排除してあげられる医者になりたいという夢を描きました。鈴木君は技術やテクニックだけではなく、苦しんでいる人から話を丁寧に聞き、その上でベストな処置を施すことのできる医者を目指すことに決めたのです。しかし、理想とする医者になることを前提にした場合、現在の鈴木君の学力を考えると、大きな壁が立ちはだかっていたのです。それは、苦しんでいる患者さんから正しく情報を聞きだし、そして正しい情報を伝えるための国語力、そして外国の人が患者さんだったと想定した場合の英語力が大きく欠如していたのです。鈴木君の数学や化学、物理といった科目の知識は素晴らしいものがありましたが、それだけでは、もし医者になれたとしても、鈴木君の理想とする医者にはなれません。それでも、国語を必要としない私立の医学部を目指すという選択肢もありましたが、鈴木君は患者さんに寄り添うには国語力が必要なので、そこから逃げたくないと決断しました。受験という枠にとらわれずに、常に夢に向かっていく鈴木君の気持ちに私は心を打たれました。合格、そして理想の医者へと導いてあげたいが、理系科目が学習時間の多くを占めてしまっている現状もあり、1年間は思うように点数が伸びてきませんでした。しかし、そのような中でも私を信じて鈴木君は、私の出す宿題を毎日実行してくれていました。3年生になり、正しく正確に読む力がついてきました。すべての教科で学年トップクラスの成績を収めることができるようになり、山梨大学医学部の推薦を受けてみてはどうだと担任の先生から言ってもらうことができました。そして、国語力のついた鈴木君は自信をもって面接に挑むことができ、合格を勝ち取りました。地域に根ざし、そして多くの命を救い、患者さんのことを真摯に考える、そんな素敵な医者になってくれると、私は確信しています。

五反田駅前校
岩井 帝仁 先生
早稲田大学政治経済学部卒
【指導科目】
中学5教科、
高校文系・理系各科目
プロ家庭教師の素晴らしい点とは、常に生徒さんの状況に合わせた「オーダーメイド」の指導ができることではないでしょうか。そこで私は、受験生なら志望校別対策はもちろんのこと、行き詰っている課題や弱点を見つけ出し、生徒さん自身の力で解くことができるようになるまで、徹底的に指導するよう心がけています。
さらに、解法のテクニックだけでなく、個別カリキュラムの設定をもとに合格までの指導方針の提案を、生徒さんや保護者の方にも明示出来る教師こそ、本当に求められている「プロ家庭教師」であると、私は考えています。
今まで百人以上もの生徒さんを指導して参りましたが、同じ指導のやり方ができる生徒さんは、誰一人いませんでした。そして新しい生徒さんを担当するたびに、今までの経験を活かしながら新たな気持ちで、全力で生徒さんの夢がかなうように応援しています。
また、生徒さんは様々な個性とやり方で受験勉強に取り組んでいます。時には勉強がうまくいかない、成績が上がらないということが必ず出てきます。ともすれば不安定な精神状態にも陥ります。そんな時、その生徒さんの個性を探りながら、生徒さんに最も合った最善の方法と解決策を考え、フォローしていくのもプロ家庭教師の大事な務めです。
私の指導経験の中の思い出深い生徒さんに、早稲田大学政治経済学部に合格したA君がいます。彼は中学受験で有名な難関中高一貫校に合格しましたが、高校に進学してから中退。その後通信制の高校に通いながら受験勉強を続けていました。しかしなかなか独学では伸びず、私が受け持つこととなりました。高校を中退せざるを得なかった彼の十代後半は、様々な壁にぶつかってばかりでした。そんな経験を経て彼が立ち直るには、自分自身の力で目標とする大学に合格し、自らの手で壁を乗り越えたという自信をつけてもらうことでした。
受験勉強期間は彼自身が自分を追い込み、素晴らしい頑張りを見せてくれました。その結果、目標とする早稲田大学政治経済学部に見事合格。自分自身を信じることができるようになり、頑張ってきたからこそ勝ち得た合格です。彼は見事に自分の殻を破って大きな世界に旅立つことが出来たのです。
そんな彼をそばで応援しながら、改めてプロ家庭教師という仕事の深さ、難しさ、そしてやりがいを考えさせられた彼の合格でした。これからも多くの生徒さんと出会うことになると思います。一人ひとりにベストな指導を考えながら、私も一緒に頑張っていきたいと思っています。